ショパン国際ピアノ・コンクール

ポーランドのピアノ・コンクール。ショパンを記念して1927年に創始され、ワルシャワで5年ごとに開催される。1937年第3回のあと、第二次世界大戦のため一時中断、1949年に再開され、1955年の第5回からは、当初の計画どおり5年ごとに行われる。ピアノ・コンクールとしては権威あるもののひとつ。   (『標準音楽辞典』音楽之友社, 1991より)

 

 

1925年、ショパン音楽院教授でワルシャワ音楽協会で活動していたイェジ・ジュラヴレフ(18871980)が、ショパンの作品のみを演奏するピアノコンクール開催を申し出た。その目的を回想録の中でこう語っている。

 

 

ショパンコンクール開催のアイデアは1925年に生まれた。第一次世界大戦が終了してしばらく経ったころ、若者たちはスポーツに熱中していたが、彼らの考え方や自己の生活態度は誠に現実的なものだった。このころ、ショパンはロマンティック過ぎて、魂を感傷的にさせ、精神的に弱くするので、音楽教育プログラムの中に彼の作品を入れるべきではないという意見を述べる人たちもいた。ショパンの音楽を理解していないこれらの見解は、私にとって非常に痛みをもたらした。私はショパン礼賛の雰囲気の中で育ち、素晴らしいショパン弾きのピアニスト、アレキサンデル・マワホフスキ教授に薫陶を受けたので、そうした考え方に賛成することができず、なんとかそうした状況を打開しようと決意した。

スポーツに熱中する若者たちを観察するうちに、解決策を見出した。

「そうだ、コンクールだ!」

ショパンの作品を再現する若者たちにとって、コンクールは何に役立つだろうか? まず最初に賞金、第二に世界の舞台での活躍の可能性がある。では、ショパンの音楽にとっては? 若者たちは、コンクールを勝ち抜くために、とにかくショパンをできる限り上手に弾かなければならない。また、賞をとれなかった参加者も、課題曲をマスターするはずだから、その後の自分のコンサートなどで大いに役に立つはずである。フィルハーモニーで弾くために若者たちが乗り越えなければならない障害も、彼らにとっては大きな挑戦ということになろう。私の考えが間違っていなかったということが後に証明された。

 

 

アルベルト・グルジンスキ, アントニ・グルジンスキ共著

『ショパン : 愛と追憶のポーランド」』ショパン, 2006より)

 


 

 

 

 

 


コンクール創設の背景

 

 


ショパンの祖国ポーランドは、近世に至り前後三回にわたって、その存在が世界地図上から消えている。そして、ポーランドが独立国として再復帰するのは、いずれもヨーロッパあるいは世界史上の大変動が生じた直後であった。・・・ショパン・コンクールが始まったのは二度目の復活期である第二共和制の真っただ中のことである。

ポーランド

 
第一次世界大戦の終了後、1918年にポーランドは独立を宣言するが、国境をめぐっては敗戦国のドイツや、戦勝国ながら革命が起こったロシアと交渉あるいは戦闘が続いた。東と西の国境が最終的に確定したのは1922年の終りのことである。その後も国内の不安定な政治状況が絶えなかった。経済も農業と工業の慢性的な不振が続き、少し好転すると世界的な不況のあおりを受けるなどして一向に改善の兆しが見えなかった。しかしながら、真の独立は人々の気持ちを明るくし、教育や文化の発展にこれまでには見られない意欲が注ぎ込まれるようになった。これらのことがさらなる民族意識の高揚へと繋がっていく。当時、ショパンは既にポーランドが輩出した世界的に最も有名な存在の一人であった。まさにこの時期は、彼の名を冠したコンクールを創出するまたとない好機だったのである。

佐藤泰一『ドキュメントショパン・コンクール : その変遷とミステリー』春秋社, 2005より)

コンクールの会場となるワルシャワ国立フィルハーモニーホール

 

 

最初の三回のコンクールは今日と同じヤスナ通りに面したフィルハーモニーホールで催され、四回目(第二次大戦後初めて)のコンクールは、フィルハーモニーが戦災で破壊されていたので、ノヴォグロツカ通りのオペラハウス「ローマ」で開催されたが、五回目以降今日に至るまで、国立フィルハーモニーホールで催されている。

 

アルベルト・グルジンスキ, アントニ・グルジンスキ共著『ショパン : 愛と追憶のポーランド」』ショパン, 2006より)

 

 
テキスト ボックス: ショパンコンクール 関連ウェブサイト
http://www.konkurs.chopin.pl/  ショパンコンクール公式サイト(英語、ポーランド語)
www.maxell.co.jp/chopin/ Maxell(第15回コンクールのオフィシャルスポンサー)によるサイト(日本語)