桐朋で学び、それぞれロシアとドイツで研鑽を積んだ、ピアニスト・沼沢淑音先生とヴァイオリニスト・南紫音先生。世界で培った経験を携え、教育者として次の世代の育成にも力を注いでいます。2024年度より准教授として後進の指導に当たっている沼沢先生と、今年度非常勤講師になられた南先生に、学生時代の思い出や海外留学で得た学び、そして教育への思いについて、学部長で音楽学教授の沼野雄司先生がお話をうかがいました。
沼野:桐朋にいらしたきっかけは?
沼沢:小学生の頃に、子供のための音楽教室(相模原)に通いはじめました。当時はまだ牧歌的で、晴れた日には近くの公園に 行って、先生がジャック・ティボーの昔の録音を聴かせてくれたり(笑)。その後、桐朋の高校に進みました。
沼野:どんな3年間でした?
沼沢:男子が多い年だったこともあって、まあ、だいぶやんちゃでしたね。先生方にはいろいろご迷惑を……。高校を終えてか らは、ソリスト・ディプロマに進みました。
沼野:途中でロシアに留学されています。
沼沢:エリソ・ヴィルサラーゼに習いたくて、最初は彼女が教えているというドイツの大学に押しかけたんですが、もう満員だったんです。そうしたら彼女が「モスクワに来なさい」と。結局、モスクワ音楽院には6年いたかな。いろいろ苦労もありましたが、ソルフェージュなどの音楽的な基礎教育は桐朋でしっかりやっていたので、助かりましたね。
沼野:南さんは大学から桐朋ですね。それまではどんなふうに?
南:実家が北九州だったのですが、最初は近くの先生に習って、その後、小学6年生からは原田幸一郎先生に師事して、東京ま でレッスンに通っていました。
沼野:高校から桐朋に行こうとは思わなかった?
南:本当は行きたかったんです。でも、高校で一人暮らしをするのを親が許してくれなくて。あの時は本当に泣きました(笑)。
沼野:大学からようやく桐朋に。
南:桐朋は高校から上がってくる人が多いので、最初はちょっと戸惑いました。また、周りのレベルも高いので、こちらも一生懸命で。でも、何より驚いたのがオーケストラ!大勢で集まって音楽をする体験がそれまであまりなかったので、本当に感激しましたね。
沼野:では再び沼沢先生にうかがいます。モスクワではどんなことを学びましたか?
沼沢:旋律を短く縦割りにするのではなく、アクセントをつけずに長いフレーズを作ることでしょうか。最初はなかなかできなかった。当時のモスクワ音楽院はレッスン室のピアノも古いものばかりで、ちょっと鍵盤がガタガタしているような楽器も多かったのですが、それでも先生のヴィルサラーゼは平気で長いフレーズを作ってしまう。まさにネイガウス流派のカンタービレなんです。
沼野:そうしたピアノで練習するというのは、なんだか大リーグ養成ギプスを付けているみたいですね。あ、譬えが古いか(笑)。
沼沢:実際、日本に帰ってきたらピアノの状態が良いので、長いフレーズもだいぶラクでした(笑)。モスクワでは、弦楽器の学生もそんなに良い楽器を持っていたわけではなかったけれど、それでもみんな頑張っていましたね。
沼野:南さんの留学生活はどうでしたか。
南:私は学部を出たあと、ハノーヴァー音楽大学で5年ほど学びました。向こうの学生は、技術に少々難があっても、「こういう音楽がやりたい」という気持ちがすごく強いんですよね。まずはそれに驚きました。また、ドイツはとてもゆっくりと時間が流れているんです。そうした環境のなかで、はじめてシューベルトの音楽が分かった気がしました。
沼野:さて、お二人は教員という立場で桐朋に帰ってくることになりました。どんな先生なのでしょう。
沼沢:ルービンシュタインは、「音楽を教えることなんて無理だ」という意味のことを言っているんですが、確かにそうかもしれない。でも、だからこそ学生に無理やり教え込むのではなくて、一緒に何かを共有することを考えたい。
沼野:「コラー!」なんて怒ったりはしない?
沼沢:しないですね。教員としてはよくないのかも(笑)。ただ、ともかく音楽を好きになってほしいから、生徒が十分に練習しないでレッスンに来たときでも、話だけはするとか、時には自分がその曲を弾いちゃったり(笑)。
沼野:南さんもきっと、怒鳴ったりはしないよね。
南:しません(笑)。私も音楽を奏でる喜びをポジティブに感じ取ってほしいと、いつも思っています。
沼野:最後に演奏家としてのこれからについて。
沼沢:もともと僕は、かつてのロマンティックな巨匠の演奏が好きなんです。音を聴けば、すぐに誰の演奏か分かるような。自分も、そういう意味では常に個性的な演奏家でありたいですね。
南:演奏家って孤独に閉じこもりがちな気がするので、私はなるべく社会に開かれたかたちで音楽をやっていきたいですね。
沼野:お二人のような方が桐朋の教育を担っているというのは、本当に誇らしいな。これからもよろしくお願いいたします。
文/沼野雄司